貧困を繰り返すフィリピンの数字のトリック
最低賃金が上がることと、貧困から抜けて安心して暮らせることは違います。私はフィリピンの貧困の数字を見直して、その違いが気になりました。
前の記事では政府の貧困率と、人々が答える貧しさの差を書きました。今回は、その数字の中で誰が貧困を抜け、誰が戻っているのか、という話です。
賃金が上がっても貧しい
首都圏の非農業の最低日給はNCR-28という賃金命令で₱755になりました。一部の業種や小規模事業所は₱718です。以前調べた範囲では、首都圏の物価上昇を差し引いても、最低賃金の購買力は過去の水準を上回っています。
それなのに、SWS(民間の世論調査機関)の2026年9月調査では、自分の家族を貧しいと答えた割合が55%。6月の49%から増えています。全国の話なので首都圏の賃金とそのまま比較はできませんが、賃上げだけでは説明がつきません。
そもそも最低日給は毎日仕事があることまで保証してくれません。
PSA(フィリピン統計庁)の2026年9月の雇用調査では、従業員を雇わない自営業者と無給の家族従業者が、就業者の35.4%を占めます。この人たちは賃金命令で日給が上がる立場でもありません。
OECD(経済協力開発機構)の2026年報告では、年金への拠出がないという定義で、インフォーマル雇用は66.6%。日雇いの割合ではありませんが、雇用や社会保障による保護が十分届かない働き方の大きさはわかります。
年間では貧しくない人
PSAの2025年の公式貧困率は9.7%。これは個人の割合で、SWSの55%は家族の割合です。調べた年も測っているものも違います。
公式統計は年間所得を基準にします。仕事のある時期とない時期を行き来していても、年間で貧困線を越えれば非貧困側になります。毎月安心して食べていけるかを、そのまま測った数字ではありません。
日雇いのような働き方なら、今日は稼げたから抜けた、明日は仕事がなくて戻った、という暮らしもあるはずです。これは日ごとに統計が判定しているという話ではなく、私が考える生活の不安定さの話です。
貧困率が下がったと聞くと、同じ人たちが貧困を卒業して、もう戻らなくなったように感じます。でも、人数の差だけでは、抜けた人と入ってきた人の動きは見えません。私が「数字のトリック」と感じるのはここです。統計が嘘なのではなく、数字から受け取る安心感のほうが大きすぎる。
抜けても戻ってくる
SWSは戻ってきた人を隠してはいません。
9月の全家族のうち、最後に非貧困だったのが1〜4年前の「Newly Poor」が7.2%、5年以上前の「Usually Poor」が9.0%。合計16.2%は非貧困だった経験がありながら、今は貧しいと答えています。ここでいう非貧困には貧困と非貧困の境界線上も含みます。
一方、一度も貧困を経験していない「Always Non-Poor」は15.2%だけ。裏返せば約85%は今貧しいか、過去に貧しさを経験した家族です。ただし、過去に貧しかった全員が今も不安だと答えたわけではありません。
それでも私は、同じように不安定な層の中で、貧困線の内側と外側にいる人が入れ替わっているのではないかと思います。この調査だけで、誰が何度行き来したかまではわかりません。でも「抜けた」と「もう戻らない」は別の話です。
貧困のすぐそばにいる
貧しいと答えた55%のほかに、境界線上と答えた家族も9%います。
この55%という答えを見ると、私は安心感もなく貧困がいつも目の前にある暮らしを考えてしまいます。国民の大半が貧困の中か、そこへ戻る不安のそばで暮らしているのではないか。これは不安を測った統計ではなく、私の見方です。
賃上げは必要です。ただ、仕事が途切れたらすぐ戻る場所を、貧困からの出口とは呼びにくい。
数字の上では卒業していても、明日また戻るかもしれない。そんな卒業証書をもらって、安心できる人がどれだけいるのでしょう。