クリーム色の紙に鉛筆で描いた線画。夕暮れの窓辺に、モニターが2台並んだ無人の机と、少し後ろへ引かれた椅子

人月20万円のオフショア広告を見て、ブリッジSEの行く先を考えた

AIとベトナムの開発チームを組み合わせ、人月20万円から、というオフショア開発の広告を見ました。私の感覚では以前の半分くらいです。この単価で回すビジネスモデルは、本格的に厳しそうです。同じころ、受託開発もかなり苦しくなっている、という話をあちこちで聞きます。ただ、そこで手放される人が全員行き場を失うのかというと、私はそうは思いません。

人月20万円と、日本語で完結する少人数チーム

広告の文言はだいたい次のような内容でした。AIとベトナムの開発チームを組み合わせ、低コスト・短納期・安定した品質で作る。人月20万円から。少人数で速く進め、やりとりは日本語で完結する。

会社名は出しません。数字とその見せ方のほうが大事です。人月20万円は、私が見てきたオフショアの単価からするとだいたい半分くらいに感じます。安さの理由として、AIと少人数が前面に出ています。現地の人件費の差だけで売るモデルではなく、作業そのものを安くしたぶんを値下げに回している、という印象です。

オフショア開発が「人件費の差」で売れていた時代は長く続きました。その差が半分近くまで縮まると、同じ形のままでは立ちゆかない会社が出てきます。広告は強気に見えますが、私には業態全体の値下げ競争の入口に見えます。

受託も、クライアントがAIを知っている

受託開発もかなり厳しいです。クライアント側もAIで開発できることを知っています。だから、以前と同じ単価は取りにくい。小さめの案件を数で回して利益を出してきたところほど、ヒーヒー言っています。

エンジニア側も状況をわかっています。先が見えないと感じた人から転職していく。会社は人手も単価も失い、事業の縮小は待ったなし、という話を聞きます。私の見聞きした範囲での話ですが、似た話は一つや二つではありません。

日本では会社さえ残ればクビにはなりにくい、という仕組みが長く続いてきました。でも今は、会社ごと消えていくところが増えるだろう、と私は思っています。レイオフで一人ずつ切られるというより、受託やオフショアの会社そのものが縮み、あるいは消える。そのときに人が「手放される」形が増えるのではないか、というのが私の見立てです。

解放されるのは、ブリッジSEかもしれない

ここで気になるのが、ブリッジSE(日本語と現地のあいだに立って調整してきたエンジニア)です。コミュニケーション能力が強く、ストレス耐性も高い。オフショアや受託の現場を支えてきた属性です。

会社が縮むとき、そういう人はただあぶれるだけなのでしょうか。私は、むしろ解放される側に入るのではないか、と考えています。作業の単価が下がるほど、残る仕事は「何を作るか」「誰とどう進めるか」に寄っていく。AIを使う少人数のチームでは、コードを量産する人より、要件をほぐして、相手の言葉で返せる人のほうが希少になります。

ブリッジで鍛えた調整力は、その方向にそのまま転用できます。ストレスに強い、という性質も、少人数で速く回す現場ではむしろ武器です。手放されたことが、そのまま次の居場所への切符になる可能性はある、と私は思っています。

手放された理由がわかる人だけが、需要を作れる

ただし条件があります。手放された理由がちゃんとわかっている人なら、です。

単に仕事がなくなった、単価が下がった、という表面だけを見ていると、次も同じ土俵で安売りに巻き込まれるだけです。なぜ自分の席が消えたのかを理解している人は、AIを使う少人数のチームで、自分の需要を作り出せます。調整、翻訳、意思決定の橋渡し。コードを書くより先に、話を通す仕事です。

そうじゃないと、自分の需要を作り出せなくて、市場に人が溢れるのではないか。同じように手放された人が、同じ肩書きのまま同じ単価の戦場に戻るだけになる。私はそう見ています。

オフショアの広告は安さの宣言にも見えます。同時に、コミュニケーションに強い人の価値がどこで生きるかを問い直す広告にも見えます。人月20万円の数字より、私はそちらのほうに引っかかりました。